何もしない贅沢

気付けば8月も終盤。
ここにきて厳しい残暑が続き、やっぱりこの夏もなかなか終わらないなぁ
と感じています。
一方で、今夏も大雨や地震による被害のニュースが続いております。
被災された皆様が一日も早く穏やかな日常を取り戻されますよう
心よりお祈りしております。

この夏休みも飛行機で実家の秋田へ帰省し、ゆっくり過ごしてきました。
空港はこれから旅立つ人、帰ってくる人…
それぞれに物語があって、沢山の思いを乗せて飛び立つ飛行機を眺めているだけで
何だか日常を忘れることができる場所ですね。

秋田に到着し、実家へ向かうと、
母が一人で育てている家庭菜園には色とりどりの野菜がたわわに実っていました。
最近はYouTubeで勉強しながら土づくりにもこだわっているようで、
我が母ながらその熱心さには圧倒されっぱなし。

畑を眺めていると、静かに羽を休めているトンボが。
近づいても逃げないのです。

「お盆のトンボはご先祖様の精霊だから、そっと見守るんだよ。」
小さな頃、こう教えられたことを思い出しました。
「誰かな?お父さんかな?」と思いながら
「ただいま。」と声をかけると、本当に話を聴いているように
ジーッとこちらを見てくれているように感じるから不思議です。

庭いっぱいの緑。
真っ赤なトマトに、艶やかなナス。
自然が創り出す色って、本当にきれいだなぁ、としみじみ感じ入りました。
そんな野菜を使って母が料理をしてくれます。
私は?というと、ほんのちょっと手伝うくらい。
未だに母の料理を食べたさに任せてしまう、ズルい私なのです。

親戚が遊びに来てくれた時も、野菜中心のおもてなし。
驚くほど野菜の味が濃く、本当に美味しい。
体が欲しているようで、いくらでも食べられてしまう。
その量は母が驚くほどでした。
「あー、美味しい」と言いながら食べている私を見て、
タレ目の母の目がますますタレる。
その笑顔を見ていると、私も何だか嬉しくて心がひたひた潤うようでした。

食べて、母と話をして、ソファで本を読みながら…
いつの間にか沈没。
気付けばタオルケットが掛けられていて、また眠る。
そんな時間が心と体を休ませてくれました。

母と少しだけオシャレをして出かけた日もありました。
秋田に唯一あるデパートでウィンドーショッピングをし、
小さな頃から馴染みの市民市場へ。

市場の中にあるお寿司屋さんで、二人で一貫ずつ分け合いながら
「これも美味しいね」
と話しつつ、お皿を積み重ねていく。
こんな時間も、とても贅沢だな、と。

夜、少し窓を開けて寝ると、明け方には肌寒くなり、
いつの間にかタオルケットを首元まで引き上げる。
日中、庭に咲くサルスベリの華やかなピンクの花をぼんやり眺め、
夜には星空を見上げたり。
先日逝去された東野圭吾さんの小説を、久々に夢中になって読んだり。
そんな数日間は、SNSをほとんど見る事なく過ごしていました。

今、本当に情報が多い時代ですよね。
見れば見るほど
「もっと頑張らなきゃ。」
「私はまだ足りていないのかな。」
そんな気持ちになることってありませんか?
でも、この数日間はそんなことを考える暇さえありませんでした。

何もしなくても、なんだか満たされる。
何もしない時間って、何も生まれない時間ではないのですね。
むしろ、自分にとって本当に大切なものを
そっと思い出させてくれる時間だったように思います。
それは、安心できる場所・空間であったということも大きいでしょう。

今、目の前にあることをありがたく思えること。
幸せって、こんなにも小さなことにも溢れているんだなと、気付けること。
そんな原点回帰、の数日間。
「休養」の大切さを嚙み締めた夏休みでした。

皆様はこの夏、どのような時間を過ごされましたか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA